BLOG / Kentaro Matsuo

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朝岡聡さん

2023.06.10

朝岡聡さん

 横浜市中区山手町といえば、ハマっ子憧れの高級住宅地です。元町商店街から急な坂道を上り、小高い丘の上に出ると、横浜の街が一望できる別天地が広がっています。山手イタリア山庭園の建築家ガーディナーが設計した「外交官の家」をはじめ、あたりには古い洋館やモダンな豪邸が建ち並んでいます。今回ご登場頂いた朝岡聡さんのご自宅も、このエリアの一角に佇んでいます。

 家の中は、まるで小さな博物館のようです。壁にはたくさんの絵画が飾られ、アンティークの家具が置かれ、マイセンや古伊万里の食器が並べられています。小物のたぐいは、数え切れないほど陳列されています。
「壁に飾ってある絵画は、有名な画家が描いたものではありませんが、すべて本物の油絵です。こちらはギリシア神話の軍神マルスを描いたもの、あちらはヴィーナスとキューピッド、いずれも18世紀の作品です。反対の壁にかけてあるのは、サヴォイア公国のヴィットリオ・アメデーオⅢ世の肖像画です」
 絵の解説する朝岡さんの姿は、まるで美術館のキュレーターのようです。この方は大金持ちなのですね……

 「いやいや、これらは実は、ネットで買ったものなのです。コロナになって仕事も減り、好きなイタリアにも行けなくなった頃、ネットでイタリア中のアンティークを扱っているサイトを見つけました。チェックしてみると、何百年も前の絵画なのに、安いものだと500ユーロくらいから見つかる。気に入ったものを思わずポチッとしてしまいました(笑)」
 一見すると何百万円もしそうな油絵が、そんな値段で手に入るとは知りませんでした。
「コロナ前は、ヨーロッパに出かける度に骨董店をまわり、少しずつアンティークを買い集めていました。それがたまりにたまって、こんな数になってしまいました。来宅する人には『なぜこんなに集めたのですか?』とよく聞かれるのですが、好きなのだから仕方がない(笑)」

 私世代だと、朝岡さんはスポーツキャスターのイメージが強いのですが、実はとてもアーティスティックな方なのです。
「テレビ朝日に入社した頃は、スポーツにはまったく興味がありませんでした。駆け出しアナウンサーとして初レギュラーは新日本プロレスの生中継。前座試合で実況練習もしたのですが、プロレスなんてまったく分からないから思わず黙り込んでしまった。すると後ろに座っていたお客さんから『兄ちゃん、プロレスのこと何も知らんなァ』とヤジを飛ばされたこともありました(笑)。先輩の古舘伊知郎さんにアドバイスをもらいながら、毎日必死でしたね。しかし、スポーツ担当となって“即時機動力”が磨かれました。実況では目にしたものをパッと言葉にしなければいけない。また生中継では空き時間をトークで埋めなければならない。ですから、即興で話すことが得意になりました。これは今でも私の財産となっています」

 アナウンサーになった理由をお聞きすると……
「私は典型的なA型人間で、小さい頃は人見知りでした。小・中学校で放送部に入って、昼の時間に校内放送を担当しました。レコードをかけたり、トークをしたり……。すると知らない生徒から、『朝岡、昨日の放送聞いたよ!』と言われ友達が増えました。それが嬉しかったのです。高校生の頃、いわゆる“局アナ”が注目され始め、久米宏さん、みのもんたさん、土居まさるさんなどが活躍されていました。深夜ラジオの『セイ!ヤング』や『パック・イン・ミュージック』もよく聴いていました。これがアナウンサーに興味を持った理由です。ネット時代の今と違って、当時は皆、テレビやラジオに釘付けだったのです。」

 現在は、本来好きであったクラシック音楽や、オペラ関係の司会を中心に活動なさっています。
「私は自分の仕事を“コンサート・ソムリエ”と呼んでいます。『スミレの花のような香り……』などと、ワインのソムリエが、ワインについていろいろな言葉で説明してくれると、よりワインを理解できるようになるでしょう? それと同じく、クラシック音楽やオペラについても、ストーリーや背景をわかりやすく解説すれば、より音楽を楽しめるようになるはずです」

 東京藝術大学客員教授の肩書きもお持ちだとか。
「藝大の演奏藝術センターというところで、学生たちを相手にしています。しかし、演奏を教えているわけではありません。将来、演奏家や音楽の先生を目指している学生たちに、どう話したら相手に上手く伝わるか、ということを教えています。最近では、クラシックの演奏家でも、曲の合間にたくさん喋る人が増えています。音楽だけでなく、言葉で表現することが求められているのです」
 そういえば、朝岡さんも時に共演する、ピアニストの反田恭平さんも、曲間のトークが意外なほど上手で、聴衆を沸かせていましたっけ。

 朝岡さん自身、演奏家としてもプロフェッショナルです。操る楽器はリコーダー。リコーダーって、小学校の頃に誰もが手にしたアレですか?
「私の名前は“あ”で始まるでしょう。だから小学校の音楽のテストでは、いつも一番最初に演奏しなければなりませんでした。自分が吹いた後、後から続く生徒たちの演奏を聞いて、『コイツは下手だな』、『アイツは俺より上手だな……』などと評価しているうちに、もっとうまくなりたいと思ったのです。それに、バイオリンやピアノでは、バッハやヘンデルの曲を小学生が奏でることは難しいのですが、リコーダーなら吹くことができる。それで夢中になりました」
 小学生にして、バロックの巨匠を演奏したいと思うあたり、やはり凡人とはちょっと違います。
「慶応大学に入ったのは、“バロック・アンサンブル”のサークルがあったからです。慶応に行けば、思う存分リコーダーができるだろうと思ったのです(笑)。今でも当時の仲間たちとは演奏会をしていますし、ソロ・コンサートも開いています」

 ここまでの話をお聞きして、ぜひとも朝岡さんの演奏を耳にしてみたくなりました。無理を承知でお願いすると即快諾、別室から楽器をお持ち頂きました。それらは私の知っているリコーダーとはまったく違うもので、大小取り混ぜたさまざまなサイズの縦笛が、ケースに入って保管されており、中には組み立て式で、1m以上の大きさになるものもありました。
「リコーダーには、いろいろな種類があるのです。小学生が吹くのはソプラノ・リコーダー。こちらの大きなものはバス・リコーダー、小さいのはソプラニーノです。ヨーロッパの博物館に展示されているバロック時代の銘器を、忠実にコピーした楽器もあります。私のリコーダーは、オーダーメイドで作ってもらっています。これは名人といわれる製作家・平尾重治さんが製作した1本で、約300年前のドイツの楽器がモデルです。装飾は本象牙。発注してから納品まで、4〜5年ほど待ちました」
 リコーダーって、そんなにディープな世界なのですね……。朝岡さんには数本のリコーダーを奏でて頂いたのですが、その音色の素晴らしさにうっとり。それぞれの笛が独自の音を持っており、しかも深いのです。小学生の頃にピーピーやっていたものとは、雲泥の差です。

 まさに“究極の趣味人”といえる朝岡さんなので、さぞやファッションのこだわりも強いはず。さっそく本日のスタイルを拝見してみましょう。

 ジャケットは、レクトゥールで作ったオーダーメイド。レクトゥールは、広尾に位置する隠れ家的プライベート・サロン。洒落者の間で隠れた人気のお店です。本来はスーツであるものを単体でお召しになっています。
「私は洋服をオーダーする際には、毎回テーマを決めるのです。色やストライプの幅などです。そしてプロといろいろと話しながら、生地やディテールを決めていく。その過程が面白い。まさにビスポークの醍醐味です」
 撮影当日ご同席頂いたレクトゥールの担当、森岡和也さんによると、以前“秋冬に着られる、新緑のようなグリーン”というお題を頂いたことがあるとか。
「これは難しかった……。銀座の老舗にストックされていた、ヴィンテージのスコットランドの生地を探し当て、ようやくご希望を叶えることができました」と森岡さんは苦笑されていました。

 パナマハットは、ボルサリーノ。

 リネン製のシャツは、オリアン。
「鮮やかなパープルが気に入りました。私は明るめの色が好きなのです。これはまさに“ヴィヴァーチェ”な色ですね」
 シャツ色を語る際にも、音楽用語が口をついて出るところが、さすがアーティストです。

 ラペルにつけたカメオは、象牙製のアンティーク。
「夏はタイドアップしないので、その代わり、カメオやピンバッジを付けることが多いですね。アンティークのピンバッジはたくさん持っています」
 ちなみにネクタイは、ナポリのマリネッラが好きで、特に昔のアーカイブの生地を使ったものがお好みとか。
「ヴィンテージは飽きが来ないし、ディンプルも上手くキマります」

 チーフは、「そんじょそこらで買いまくる」ので、「わからないけど、たぶんイタリア製。

 時計は、ティソのバナナ・ウォッチ。他にフランク・ミュラーやモンブランも。

 メッシュのシューズは、アルティオリ。同社らしい、華奢なラインが美しい。
「アルティオリの靴はたくさん持っています。他には、昔のステファノ・ベーメルも好きですね。以前フィレンツェでベーメルのショップを探したことがあります。すごくわかりにくい場所にあって、すっかり迷ってしまい、前から来る人に『ベーメルの店はどこですか?』と聞いたら、なんと『私がベーメルです!』と答えたのです。彼は生前のステファノ・ベーメルさん、その人だったのです」
 それはミラクルでした! 故・ベーメルさんには私もお会いしたことがありますが、とても温厚で優しい方でした。

 コットン・パンツは、PT01。

 手に持ったカバンは、グローブトロッター。20年来使っているもの。

 メインカットで借景した「外交官の家」の前に立つと、まるで家のオーナーのように見えました。

 しかし、朝岡さんの装いはこれだけではありません。自著『笛の楽園 僕のリコーダー人生』(東京書籍)の表紙には、なんとルイ14世に扮した朝岡さんの姿が! 朝岡さんは、普通のスーツやジャケットに加え、コンサート・ソムリエとしてのワードローブも数多くお持ちなのです。

「オペラの司会をする際には、演目に合わせてさまざまな衣装を身に着けます。シルク製のロングジャケットやベストは、主にロンドンの専門店で購入しました。これらをタキシードなどと組み合わせます。明るい曲のプログラムなら華やかなもの。格調の高さを求めるならダークなものを選びます。そうすれば、会場も盛り上がるではないですか」

 朝岡さんは、趣味の人であると同時に、気くばりの人でもあります。今回の取材の際にも、自宅にお邪魔したスタッフのために、自ら中国茶を淹れ、元町・香炉庵のスイーツまで振る舞ってくれました。
 テーブルの上にリコーダー数本を置いて撮影をするときには、「リコーダーは、指穴を上にして撮るとキレイに見えますよ」と言うやいなや、セロテープを切って、机上に笛を自ら固定してくれました。被取材者であるにもかかわらず、ここまでして頂いた方は初めてでした。

 芸術に対する深い愛と、キメ細やかなおもてなしの心。朝岡さんがソムリエをなさるコンサートは、たとえ音楽に詳しくなくても、心から楽しめるものに違いありません!

 

THE RAKE
https://therakejapan.com/

PROFILE

松尾 健太郎

松尾 健太郎

THE RAKE JAPAN 編集長


1965年、東京生まれ。雑誌編集者。 男子専科、ワールドフォトプレスを経て、‘92年、株式会社世界文化社入社。月刊誌メンズ・イーエックス創刊に携わり、以後クラシコ・イタリア、本格靴などのブームを牽引。‘05年同誌編集長に就任し、のべ4年間同職を務めた後、時計ビギン、M.E.特別編集シリーズ、メルセデス マガジン各編集長、新潮社ENGINEクリエイティブ・ディレクターなどを歴任。現在、インターナショナル・ラグジュアリー誌THE RAKE JAPAN 編集長。

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