BLOG / Kentaro Matsuo

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川上正美さん

2019.12.10

川上正美さん
OLD & NEW 代表

巨大ブランドのフラッグシップ・ショップが建ち並び、観光客でごった返す銀座の片隅に、まるでそこだけ時間が止まっているような一角があります。“アンティークモール銀座”です。ここには十数店の小さな骨董店が、ひっそりと軒を並べています(かつては表参道のハナエ モリ ビルの地下にも、同じような空間がありました)

そのうちの一軒、OLD & NEWは、知る人ぞ知る名店です。時計、シグネットリング、フォブチェーン、ナイロンストラップなど“男のアクセサリー”に特化した品揃えで、多くのファンを惹きつけています。私の知る限り、こんなにメンズのアンティーク装身具が揃っているのは、ここしかありません(その数千点以上)。川上正美さんは、その店主をなさっています。

「これはフォブチェーンといって、かつては懐中時計を取り付けていたものです。腕時計が一般的になったのが1920~30年代くらいですから、これらはそれ以前のものでしょう。この繊細な模様を見て下さい。こういった細工は、現代ではもう作ることができないし、仮にできたとしてもまったく採算が合わない。私はこれをキーホルダーとして使うのをおすすめしています。こうしてラペルホ―ルに差したりすると、いいでしょう?」

品数に加え、川上さんの造詣も、右に出るものがありません。ファッション業界にも彼を慕う人は多く、スタイリストやVMDが、ここの商品を「ここぞ」というときの“切り札”としています。

「亡くなられた加藤和彦さんには、本体にカーブがついた、シルバー製の小型カードケースを気に入って頂いて・・カードケースに合う名刺を、和紙でお作りになるのだと仰っていました。先日は綿谷さん(画伯)が、ペンシル付きのタイバーをお求めになられました。雑誌の取材で、そのペンシルでコースターに似顔絵を描いて、飲み屋の女の子に渡す、という使い方を紹介されていましたよ(笑)」

カバーオールはRRL。シャツとトラウザーズは、ポロ ラルフ ローレン。「もう20年以上、着続けているものです」

フラワーホールに通しているアクセサリーは、アンティークのフォブチェーン。シャツの襟につけているのは、カラーバーです。

「昔のものを、どうやって今のアイテムに合わせるかを、いつも考えています。私はポロシャツにもカラーバーを着けます。襟先を留めれば、寒さしのぎにもなって、いいものですよ」

シグネットリングはニューヨークで買ったもの。「もう40年も前のことです。いつも通りかかるレディス専門のアンティーク・アクセサリー屋がありました。ある日覗いたら、ひとつだけ大きいものがあって、はめてみたらサイズがぴったりだったのです」

シグネットリングは、最近では、結婚指輪として求められる方も多いそうです。「金ムクのものなら、表面を削って、イニシャルは書き換えられるんですよ」へぇ、知りませんでした。

アンティークの時計は、アメリカのエルジン・デラックス。「これは実は、13歳のときに父親からもらったものなのです。しかし、当時の私は時計の価値がわからず、はめたままバスケットをやったり、髪の毛を洗ったり、ひどい使い方をして、壊してしまいました。そして引き出しの中にしまったまま、しばらく忘れていたのです。しかし、大人になってからもう一度取り出してみて、とても価値があるものだと気が付きました。そこで銀座の時計屋に直してもらったのです。私が時計に興味を持ち始めたのは、この1本がきっかけでした。今年でもらってから、58年が経ちました。父はすでに死んでしまいましたが・・」

この素晴らしいエピソードには続きがあります。

「父がこの時計を手に入れたのは、1949年、当時親戚がやっていた横須賀の将校クラブにおいてでした。父は突然、若い米兵から声をかけられ『オレの時計を、3000円で買わないか?』と持ちかけられたそうです。当時は朝鮮情勢が緊迫しており、朝鮮へ行ったら、生きるか死ぬかわからない。だから新兵であった彼は、横須賀で遊ぶ金が欲しかったのです。当時のお金で3000円は、初任給と同じくらい。偶然にも現金を持ち合わせていた父は、同情心も手伝って、その場で時計を買ったそうです。新兵とはそれっきりで、その後彼がどうなったのかはわかりません。調べてみたら、この時計の製作年は1948年で、これは私の生まれ年でもあります。何か運命的なものを感じますね・・」

サイドゴア・ブーツは、コールハーン。「昔のコールハーンをよく履きます。夏にはフルメッシュのローファーを愛用しています。同じ革靴でも、夏には夏のものを履かないと」

川上さんはかつて、オンワード樫山に務められていました。1975年に、初めて日本にラルフ ローレンが入ってくる際に、企画メンバーとして参加され、のべ十数年にも亘って、同ブランドに関わられていました。
「昔は“ラルフ ローレン”といっても、誰も知りませんでした。ニューヨークのブルーミングデールズに視察へ行って、ポロシャツのコーナーを見ると、アイゾッド(アメリカ産のラコステ)の棚面積はこんなに大きいのに、ラルフ ローレンの棚はとても小さかった。ところがラルフ ローレンの棚は、行く度に大きくなっていって、アイゾッドの棚を抜いてしまった。どんどん人気が出ているの感じました」

ラルフ・ローレン本人と仕事をされたこともあります。
「今では超大物となってしまいましたが、昔は来日の際も、秘書を一人連れて来るだけでした。東京プリンスでショーをやった時の彼は、ネイビーのリネン・ジャケット、ベージュのパンツ、クレリックシャツ、レジメンタルのタイという格好でした。すると突然ブレザーを脱いで、モデルたちのところへ駆け寄っていき、ウォーキングのスタートを指示し始めた。音楽のタイミングに合わせて、モデルの肩を叩いて知らせるのです。細かいところまで、こだわる人だと感心したのを覚えています」

川上さんが、OLD&NEWを始めたのは、今から16年前の2003年、彼が55歳のときです。

「早期退職制度を利用して、以前からやりたかったアンティークのビジネスをはじめました。年を取ってからのスタートだったので、金儲けは追求していません。もう結婚もしたし、家もあるし(笑)。それよりも、若い人たちに、もっとお洒落になってもらいたい。最近の連中の、服の着方や靴の手入れは、ちょっとひどいと思います。アンティーク品を見ると、昔の男たちがいかにお洒落だったかがわかります。今は情報はいくらでもあるけど、ちゃんとしたやり方を教えてくれる人がいないんですね。ここへ来れば、多少お金は頂きますが、きちんとお教えしますよ。モノのストーリーや使い勝手、ケアのやり方を教えるのも、代金に入っているんです」

OLD & NEWは、マーケティングとマニュアルに振り回される現代のブランドとは、対極に位置する存在です。昔の職人が腕によりをかけて作った品々と、それを愛する男が作った、宝箱のようなお店です。

残念ながら、来年末でアンティークモール銀座が入っているビルは、取り壊されることが決まっているそうです。ぜひそれまでに、このトレジャーアイランドを訪れ、この魅力的な主(あるじ)の話に耳を傾けてみて下さい。

ゴールドフィルド(金張り)フォブチェーン各種。リングを付けて、キーホルダーとして使うのが川上流。¥33,000~38,000

金ムクのシグネットリング。左:9K ¥198,000、右:14K ¥128,000

カラフルなナイロン製のウォッチ・ストラップ。¥2,500~3,500

故・加藤和彦氏が愛した、美しいカーブを持つカードケース。シルバー製。¥53,000

珍しい紳士用装身具3つ。それぞれ何をするものかわかりますか?
左上:ライター型のパフューム・アトマイザー(スプレー式香水入れ)¥28,000
左下:タイ・リテーナー(蝶タイのズレをおさえる金具)¥8,000
右:フラワーポット(ジャケットのラペルホールに花を差す際の水入れ。これは表に出すタイプ)¥4,000

OLD & NEW
東京都中央区銀座1-13-1 アンティークモール銀座B1
TEL.03-3567-1088
www.oldandnew-web.com

 

THE RAKE JAPAN
therakejapan.com

PROFILE

松尾 健太郎

松尾 健太郎

THE RAKE JAPAN 編集長


1965年、東京生まれ。雑誌編集者。 男子専科、ワールドフォトプレスを経て、‘92年、株式会社世界文化社入社。月刊誌メンズ・イーエックス創刊に携わり、以後クラシコ・イタリア、本格靴などのブームを牽引。‘05年同誌編集長に就任し、のべ4年間同職を務めた後、時計ビギン、M.E.特別編集シリーズ、メルセデス マガジン各編集長、新潮社ENGINEクリエイティブ・ディレクターなどを歴任。現在、インターナショナル・ラグジュアリー誌THE RAKE JAPAN 編集長。

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