BLOG / Kentaro Matsuo

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ビクター・ドーメルさん

2024.01.15

ビクター・ドーメルさん
ドーメル戦略・開発・マーケティング責任者

 まるで王子様のようです! ブルーの眼、ブロンドの髪、スラリとした体型、29歳という年齢、独身……(すべて私と正反対です)。おとぎ話のなかで、白馬に乗って現れる騎士って、こんな感じではないですかね? 

 今回ご登場のビクター・ドーメルさんは、服地界のプリンスです。彼は1842年創業、180年以上にもおよぶ歴史を誇る名門マーチャント、ドーメルの御曹司なのですから。

ドーメルといえば、スポーテックスやトニックといった名作生地から、アマデウス、エクセル、15.7(フィフティーン・ポイント・セブン)などの高級地まで、幅広く扱っている世界有数の生地卸です。既製服やアクセサリーなどにも進出し、日本市場でも大好評を得ています。

(ドーメルジャポンの鈴木貴博社長は、以前このブログにもご登場頂いたことがあります。当日はインタビューの通訳を務めて下さいました)

お父様のドミニクさんは創業者から数えて5代目で、現当主をなさっています。ビクターさんは6代目にあたります。巨大ブランドの未来の舵取りをするのは彼なのです。

「ドーメル家に生まれたことは、とても幸運でした。私のミッションは、今まで守り抜いてきた価値を受け継ぎ、次世代へ伝えていくことです。それに加えて、新しいイノベーションも起こしていかなければなりません。さまざまなニュープロダクツやウエブを使ったマーケティングなどです」

 そう語る彼の眼は、キラキラと輝いています。

「父と祖父とは、小さい頃からファミリーのビジネスについてよく語り合ってきました。私の頭の中には、『自分はいつかドーメルに入るんだ』という考えがいつもありました。2021年、コロナ禍になって、『今がその時だ』と思い入社を決意しました。現在は父をはじめ、現場のスタッフたちから、いろいろなことを学んでいます。工場を訪ねたり、世界中の支部をまわったり……。もう毎日働くのが楽しくて仕方がないんです!」

 ああ、こんなセリフ、一生に一回でいいから言ってみたい……。

 名門ロンドン大学で数学と経営を、パリのエコール・ポリテクニークでは経済を学びました。英語、フランス語を自在に操ります。当時のルームメイトがスパニッシュ系の人だったため、スペイン語も習得しました。

「父はロンドン生まれで、私はパリ生まれなので、ふたりともフランス語と英語を話します。家で会話をしていると、英語で話しかけてきた父に、フランス語で返事をしたりすることもあります。語学をマスターするには、仲のいい友達を作るのが一番ですね。次はイタリア語を学びたい。日本語は、ちょっと難しそうですね……」

 こんな人の家と頭の中を覗いてみたい……。まぁ、日本語は、日本人のガールフレンドを作れば、あっという間にマスターできるでしょう。

 冒頭、白馬に乗った王子様に例えたのは理由があります。大学時代には、名高いロンシャン競馬場でレースに出たことがあるのです。

「小さい頃から乗馬を嗜んでいました。ポリテクニークで就いていたコーチがアマチュア・レースに出走することを薦めてくれたのです。凱旋門賞で知られる名門コースを自ら走ることができたのは、とてもいい経験でした。アマチュアの大会だったので、『賭け』はなしでしたよ(笑)」

 典型的なお坊っちゃまかと思いきや、冒険好きな一面も。

「学生時代には、3ヶ月間南米を放浪したことがあります。バックパックを担いで、ペルー、チリ、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、ボリビアなどを回りました。マチュピチュやパタゴニアの景色が素晴らしかった。よく南米は治安が悪いと言われますが、テント泊でもぜんぜん大丈夫でしたよ。田舎のほうは、親切な人ばかりでした」

 英語には「Evil will not come near to a pure heart(邪悪は清らかな心に近づかない)」ということわざがあるそうですが、ビクターさんの場合は、まさにこれに当てはまります。

 卒業後は、ニューヨークに本社を持つオリバーワイマンというコンサルティング会社へ就職。アフリカやイタリアで数多くの会社のアナリティクス、アイデアオファーを担当しました。

(ちなみに興味本位でオリバーワイマンの新卒初任給をググってみたら、「10万ドル以上」と書いてありました。彼は修士号を持っているので、さらに稼いでいたでしょう)

 さて、そんなビクターさんのファッションは……。

 スーツは、ドーメル。
「スーツ地は、『トラベル レジスタント』です。これは旅をするときに最適な生地です。着やすく、シワにならない。グレーとブルーが混じったメランジとなっており、色に深みがあります」

 シャツとタイも、ドーメル。
「ブルーの無地のタイを締めることが多い。赤いタイは決して身につけません。着るものは、基本的にトラディショナルで、オケージョンに合わせて選びます。どこへ行くのか、誰に会うのか、天候はどうか、などを吟味してチョイスします」

 時計は、カルティエ ロンド。
「今日はTHE RAKEのインタビューだから、いいものを身に着けてきました」

シューズは、ジェイエム ウエストン。フランスの富裕層には圧倒的な人気です。
「カジュアルではウエスタンブーツも好きなんです」

 オフの日は、どんな格好をしているのですか? と聞くと、
「冬はパタゴニアのフリースジャケット、夏はクラシックな白いTシャツやリネンシャツで過ごしています。ブランドはドーメルの他には、ラルフ ローレンのファンです」

 ドーメルで個人的におすすめの生地BEST3は? との問いには、以下の3つをあげてくれました。

<トラベル レジスタント>
「パリ市内の移動には自転車を使っているのですが、そんな場面にぴったりの生地です。ナチュラルストレッチで着やすく、シワにならない。はっ水性、抗菌性もあるのです。友達に『スーツを作るんだけど、何かいい生地ない?』と聞かれたら、まずこれを薦めています」

<ラ・クロワゼット>
「シルク30✕カシミア70%の生地です。カシミアの素晴らしい風合いはそのままに、夏でも着られるようにしました。私はグリーンのジャケットを持っています。ドーメルにはグリーンのバリエーションが多い。エシカルの象徴だし、トレンドカラーでもあるからです」

<トニックウール>
「ドーメルの定番であるトニックの名前を使いつつ、モヘア混ではなく、ウール100%のハイツイスト地となっています。トレーサビリティに配慮した生地で、付属のバーコードを読み取ると、そのウールがどこで産み出されたものかがわかるようになっています」

 日本は他のどの国よりも生地に詳しいマーケットだから、ある意味マーケティングは簡単だといいます。

「いちばんいいものを提案すればいいのです。みんなエキスパートだから、すぐにわかってもらえます」

 ビクターさんはデザイナー、イヴ・サンローランの信奉者で、心からリスペクトしているそうです。

「これはファミリーのストーリーとも関係しています。イヴ・サンローランが1966年に『スモーキング』を発表したとき、使われていたのがドーメルの生地だったのです。これは女性のために作られたタキシードのコレクションです。当時、女性はドレスを着るのが当たり前だったので、『革命的だ』と大きな話題となったそうです。私は昔から、この話を聞かされてきました」

 ビクターさんの趣味は、意外なことにサーフィンだとか。

「親友に薦められて始めました。最初は立つことができず、とても大変でした。しかしサーフィンは、ひとりになって、自然と対話することができる素晴らしいスポーツです。ロングボードから始めて、いまはミッドレングスのボードを使っています。フランス南西部には、とてもいい波が来るサーフ・ポイントがあるのです。しかも食べ物がおいしい。波乗りの合間に、オイスターやクラムをつまんでいます」

 お父様と競い合っているのはゴルフ。

「ビジネスでは父にいつも刺激をもらっており、その鋭い分析に舌を巻いています。心から尊敬する上司です。しかしゴルフではライバル(笑)。父も私も負けず嫌いなので、コンペではお互いに本気で競い合っています。残念ながら、腕前はまだ父のほうが上です。しかし5年後を見ていて下さい。必ずやコテンパンにしてみせますよ(笑)」

 食べるものは、フランス料理と和食が大好き。

「世界の料理のなかでは、フレンチと日本料理がトップ2だと思います。フランスではフォアグラにシャンパーニュ、赤みの肉にブルゴーニュの赤ワインを合わせます。日本では鉄板焼きに冷たいビールが最高ですね!」

 その笑顔は、どこまでも屈託がありません。

 私のインタビューの手法としては、話し手があまりにもパーフェクトだとつまらないので、わざと失敗談を聞き出し、話をひっくり返すのを常套としているのですが、今回はビクターさんがあまりにも天真爛漫なため、イジワルな質問をすることを忘れてしまいました。

「私はラッキーな人間だと思います。まだ29歳で結婚もしていないし、子供もいません。フリーダムを満喫しているところです。生活していること自体が、楽しくて仕方ありません!」

 前出の鈴木社長と私(ともに50代、バツイチ)は顔を見合わせ、ふぅ~と深い溜め息をついたのでした。

 

THE RAKE
https://therakejapan.com/

PROFILE

松尾 健太郎

松尾 健太郎

THE RAKE JAPAN 編集長


1965年、東京生まれ。雑誌編集者。 男子専科、ワールドフォトプレスを経て、‘92年、株式会社世界文化社入社。月刊誌メンズ・イーエックス創刊に携わり、以後クラシコ・イタリア、本格靴などのブームを牽引。‘05年同誌編集長に就任し、のべ4年間同職を務めた後、時計ビギン、M.E.特別編集シリーズ、メルセデス マガジン各編集長、新潮社ENGINEクリエイティブ・ディレクターなどを歴任。現在、インターナショナル・ラグジュアリー誌THE RAKE JAPAN 編集長。

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