BLOG / Kentaro Matsuo

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新井田隆さん

2024.01.10

新井田隆さん
ブリフトアッシュ青山店 店長
靴磨き選手権大会2023 チャンピオン

  いま「靴磨き」が盛り上がっています。2023年9〜11月にかけて行われた「靴磨き選手権大会2023」では、全国から数百の応募があり、書類審査を経た64名がエントリーされ、東京と大阪で催された予選を勝ち抜いた12名が11月18日の決勝に挑みました。ここで優勝し、チャンピオンとなられたのが、今回ご登場の新井田隆(にいた・りゅう)さんです。

 私も決勝の審査員を務めさせて頂いたのですが、驚いたのは、靴磨きファンの「熱さ」です。観覧は有料となっており、最前列のチケットは1万円の値がついていたにもかかわらず、あっという間に完売してしまったそうです。

観客たちはのべ5時間以上にも及ぶ試合を、固唾をのんで見守りました。決められた時間のなかで、必死に手を動かす選手たちを見ていると、こちらも手に汗を握ってしまいます。優勝が決まった瞬間に男泣きされた新井田さんの姿に、私も思わずもらい泣きをしてしまいました。

チャンピオンになった感想は? との問いには、

「『よっしゃー!』という喜びよりも、『ここからが職人としてのスタートだ』という気持ちのほうが大きいです。こんなチャンスを頂けたことに、ただ感謝をしています」と謙虚です。

 靴磨きの頂点を極められた新井田さんですが、驚いたことに、その数年前までは「引きこもり」だったそうです。

「すでにブリフトアッシュで研鑽を積んでいましたが、突然、自分が何のために靴を磨いているのか、わからなくなってしまったのです。24〜28歳までの間、ほとんど家にこもりきりでした。朝は起きない、外にも出ない。一日中ゲームをしたりして、適当に過ごしていました。4年もの間、まるで時が止まっているようでした……。しかし、2018年に行われた第1回靴磨き選手権大会のビデオを見て、『自分もやらなければ』という気持ちになったのです。そして社会復帰できました。だから、靴磨き大会には感謝しています」

 2019年の第2回大会に出るも、結果は3位で惜敗。

「復帰後まもなくで出場したので、久々の表舞台で緊張してしまいました」

 そこから特訓が始まります。とにかく数をこなし、観客が何を望んでいるのかを真剣に考え始めました。しかし、2020年の第3回大会でも3位。

「店での靴磨きと大会での靴磨きは、その要領がぜんぜん違います。店ではお客様と話をしながら、変幻自在にリクエストに応えていかなければならない。対して大会では限られた道具と時間内で、いかに理想を追求していくかが勝負です。まるでセンター試験を受けるような気分でしょうか……、あっ、私は中卒ですけど(笑)」

そしてコロナ禍があけた2023年、見事優勝に輝いたというわけです。

 そんな彼のファッションを拝見してみましょう。

 スーツは、Eesett&Co(イーセットアンドコー)。宮内庁御用達の上原洋服店、サヴィル・ロウでの修業を経て、アレクサンダー・マックィーンのデザイン部門にも務めた経験を持つ、中澤淳明さんが主宰するレーベルです。

「英国風の洋服を現代的に解釈したブランドです。コットンの裏地を使ったり、力ボタンを配したりして、ヴィンテージっぽい。でも、ボトムのシルエットがサルエルパンツのようだったり、ウエスト・ストラップがゴムだったりと、今風のところもあるのです」

 ブリフトアッシュで、定期的にトランクショーが行われているとか。

 タイは、KENJIRO SUZUKI。笹模様の和柄が使われています。

 シャツは、RYO IKEDA。もともとは山神シャツで修業していた若手職人、池田亮さんが手掛けた1枚です。

 時計は、キングセイコー。
「これは靴磨き選手権大会の優勝賞品として頂いたものです。私の細い手首には、少々大きすぎるのですが、これを嵌めないわけにはいきません。私ももっと大きくならないと(笑)」

 白いソックスは……
「ブランド名は、ちょっと言うのが恥ずかしいのですが……無印良品です(笑)。モッズ風に、黒い靴に白いソックスを合わせるのが好きなのです。すぐに色移りしてしまうので、ソックスはよく買い替えます」

 シューズは、When(ウェン)。これまた若手靴職人の小林晃太さんが拵えたもの。

「私が靴を選ぶ基準は、愛着が湧くかどうか。どうしても10年後、20年後をイメージしてしまうのです。これは私自身が製作に参加し、一緒に作りあげたモデルです。ラウンドしたトゥは、指先で感じるラインをイメージして線を描きました」

 このブランドも、ブリフトアッシュでオーダーを受け付けているそうです。

 それにしても、ブリフトアッシュは、若手職人の見本市のようになりつつありますね。靴磨き文化を牽引してきたのみならず、未来をも切り拓くこの店のパワーはたいしたものです。

 靴磨き選手権大会で決勝に残った折茂佳名人さんや、前回準優勝だった「なかじまなかじ」さん、2023年の海外大会World Championship of Shoe Shiningの優勝者・林田直樹さんらもブリフトアッシュが生み出した逸材たちです。

 新井田さんは、1991年、岩手県出身。青森八戸市の隣の九戸で生まれました。小さい頃から物作りが好きで、中学生の頃には半年かけて、巨大なボブ・マーリーの写真絵(小さな写真をいくつも組み合わせて遠面に大きな絵が見えるようにしたもの)を作ったりしていたそうです。

「何事にも、ハマったらとことんやるタイプなんです」

 しかしながら、高校生のときにハマってしまったのは、なんと麻雀。

「生まれつきの負けず嫌いと大人の世界への憧れで、すっかり麻雀にのめり込んでしまいました。夏休みは部活代わりに、ずっと麻雀を打っていました(笑)」

18歳になる頃にはプロ雀士を目指し、プロが集うワークショップへ出入りするまでになります。

「しかし、そこで気づいたんです。本物のプロは、ドラマのようにカッコよくないと(笑)。私は勝負の世界に生きる、Vシネマに出てくるような男を想像していました。しかし実際は、確率論を追求する、数学者のような人たちでした。これは自分には向いていないと思いました」

 そして北海道・旭川のリーガル・ショップで販売の職を得ます。

「それまで、革靴なんて履いたことがありませんでした。本当に、なんとなくだったんです。でも、靴のことを調べはじめたら、10年、20年と使えるものだと知って、その価値観に惹かれました。ジョンロブやベルルッティを知ったのもこの頃です。雑誌メンズEXが教科書でした」

そんなある日、YouTubeでブリフトアッシュ代表の長谷川さんの靴磨き動画に出会います。

「まさに衝撃でした。『靴磨きって、こんなにカッコよくできるんだ』と驚きました。すぐに手紙を出して、『入りたい!』と訴えました」

 何十名の応募の中から、見事採用を勝ち取り、2012年に上京を果たします。

「最初は事務員だったんです(笑)。靴の管理や仕上がりの連絡ばかり。でも目の前にジョンロブやグリーンがあれば、それで十分でした。でもそのうち自分でも磨きたくなって、時間を作っては練習をするようになりました。定休日には皆でお預かりしている靴を磨くのですが、私もその中に混ぜてもらい、先輩のやり方を見て靴磨きを覚えていきました」

 難しい点は、靴磨きそのものよりも、別なところにあったようです。
「お客様とのトークが難しかった。対面のセッションで1時間もたない。同じ靴好きとはいえ、相手は4〜50代の社長をなさっているような方々。こちらは20代そこそこ。話相手になれるわけがありません。好きだけでは克服できない壁を感じました」
 その後、ブリフトアッシュはテレビで取り上げられて一大ブームとなり、それに疑問を抱いて、いつのまにか引きこもり期に入ってしまったそうです(まぁ、いろいろ理由はあったのでしょうが、それはお聞きしませんでした)

 しかし、4年もの間、長谷川さんは新井田さんをクビにせず、籍を残しておいてくれました。
「待っていてくれたことに感謝しています。今回優勝できて、ようやく恩返しができた気分です。これでプラスマイナス・ゼロになったようなものなので、これからは一生懸命接客をして、新しいことにもチャレンジしていきたい。今度はカラーリングのコンテストに出たいと思っています。どうも勝負事がないと、燃えないタイプのようなので……(笑)」


新井田隆さん(左)とブリフトアッシュ代表・長谷川裕也さん(右)

 代表の長谷川さんは、そんな愛弟子を見つめつつ……

「私は、靴磨き選手権大会の発起人かつ審査員でもあるので、極力私情ははさまないようにしていました。審査はブラインドで行われました。しかしすべてが終わった今、心からおめでとうと言いたいですね。彼は昔から上手だった。そして向上心があった。この世界はセンスがあっても、向上心がないとダメなんです。今ではカラーリングなど特殊な分野では、私より上手だといえますよ」と目を細めていました。

 懐の深いボスと、向上心あふれる若者たち。靴磨き業界は、これからもブリフトアッシュを中心にして回っていくのは間違いありません。

  ところで……。実は私・松尾も大学生の4年間、引きこもりのようなものでした。勉強もせず、部活もせず、学校へも行かずに、一日中家にいて、ゲームばかりしていました(編集者になってからは目が回るような忙しさで、これが30年以上も続いていますが、心のどこかで、いまだにプータロー気分が抜けません)

でも、長い人生において、特に若い頃は、そういう時期があってもいいような気がします。それが何か大きなことへの、準備期間であるかもしれないからです。新井田さんを見ていて、つくづくそう感じました。

いろいろとマジメに、正直に話してくれた新井田さんに、とても好感を持ちました。今度はぜひ、プライベートで靴磨きをお願いしようと思っています。

 

THE RAKE
https://therakejapan.com/

PROFILE

松尾 健太郎

松尾 健太郎

THE RAKE JAPAN 編集長


1965年、東京生まれ。雑誌編集者。 男子専科、ワールドフォトプレスを経て、‘92年、株式会社世界文化社入社。月刊誌メンズ・イーエックス創刊に携わり、以後クラシコ・イタリア、本格靴などのブームを牽引。‘05年同誌編集長に就任し、のべ4年間同職を務めた後、時計ビギン、M.E.特別編集シリーズ、メルセデス マガジン各編集長、新潮社ENGINEクリエイティブ・ディレクターなどを歴任。現在、インターナショナル・ラグジュアリー誌THE RAKE JAPAN 編集長。

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