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クリエイティブティレクター・編集者 / 嶋 浩一郎「無駄」 との出会いという、
本当は贅沢な経験。

2017.08.01

既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」の代表取締役社長、雑誌「ケトル」編集長、本屋大賞の実行委員会理事、そして、自らが開いた下北沢の本屋B&Bのオーナーでもあり、ラジオ番組のパーソナリティーも務めるという、多方面でご活躍されている嶋浩一郎さん。新たなコミュニケーションの可能性を探り続ける嶋さんの発想の原点を、下北沢の本屋B&Bにお邪魔してお伺いしました。

博報堂ケトル代表取締役社長・共同CEO
クリエイティブティレクター / 編集者

嶋 浩一郎さん

1968年東京都生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長。2004年「本屋大賞」立ち上げに参画。06年「博報堂ケトル」を設立。カルチャー誌『ケトル』の編集長。2012年東京下北沢に内沼晋太郎との共同事業として本屋B&Bを開業。編著書に『嶋浩一郎のアイデアのつくり方(ディスカヴァー21)』、『企画力(翔泳社)』、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方(誠文堂新光社)』がある。ラジオNIKKEI第2(RN2)渋谷慶一郎と嶋浩一郎の『ラジオ第二外国語』」のパーソナリティーも務める。



ラジオが生み出す一体感

--- 子供の頃について教えて下さい。

東京の小田急沿線の世田谷区で育ち、小学生の頃から、本とラジオが好きでしたね。

ラジオは、中島みゆきや、ビートたけしの「オールナイトニッポン」をよく聞いていましたね。ラジオって構成作家も番組に参加するケースがあるじゃないですか。たけしさんでいえば高田文男さん、みゆきさんでいえば寺崎要さん。パーソナリティと作家のやり取りからラジオ番組がつくられる“空気感”が伝わってくるんですよね。

番組によく投稿する、いわゆる「ハガキ職人」でした。それなりに番組ではハガキが読まれてましたね。当時はハガキを持つとその枚数が当てられたんですよ(笑)。なにせ、中学生にとってハガキは貴重でしたから。漠然とですが、いつかラジオ番組をつくるような仕事に携わりたいなと感じていました。

ある深夜の生中継で、新宿の高層ホテルの上層階から、「今、ラジオ聴いてるやつ、部屋の明かりを消せ!」なんてパーソナリティーが叫ぶと、実際、街の明かりが変化したり。番組やパーソナリティーと、リスナー同士の一体感が生まれる瞬間も楽しかったですね。

--- 本はどのようなものがお好きでしたか?

10代の頃はまず雑誌に目覚めました。当時の男性誌には雑貨やステーショナリーのようなライフスタイル寄りの特集が少なくて、主に、「an an」、「Olive」などの女性誌を読んでいました。

ぴあは、発売前日に入手できる書店を発見してそこに足を運ぶほど大好きで、自分の投稿が「はみだしYOUとPIA(はみだしゆーとぴあ)」のコーナーに取り上げられていないかチェックしたり。映画の情報も充実していたので、そこから得た情報で、名画座に足を運んだり。

年齢とともに、興味の幅も広がり、女性誌も「シュプール」などが創刊されましたし、「太陽」とか男性カルチャー誌の「ブルータス」や「スタジオボイス」、「本の雑誌」、「噂の真相」から「サンデー毎日」や「週刊文春」などの週刊誌まで手当たり次第に読むようになっていきました。

本は、人物評伝を中心に、経済や政治を扱う人文社会系、それから自然科学系、いわゆるノンフィクションのジャンルをよく読んでいたように思います。雑誌で興味を持った事を、書籍で掘り下げていっているような感覚ですね。

【下北沢 本屋B&B / 常に入れ替わる平置き棚】

--- 嶋さんの著作では、独特の読書法をご紹介されてますね?

何か世の中には、本は神聖なもので、「読書は正座して」みたいな風潮があるような気がするのですが、僕は、コーヒーや、ビール、ワインを飲みながら読書するようなカジュアルな距離感で接していて。

屋と喫茶店、あるいは本屋とバーは僕の中ではセットのようになっていて、いつも通う本屋の周りには本を読むためのカウンターがある店を探します。具体的には、神保町では、ラドリオミロンガ、京都では、喫茶葦島などがすぐ頭に浮かびます。

また、読みながらそのまま紙面にメモを書くことも多く、その時重宝するのが、ピンク色のサインペン。活字に重ねてメモっちゃうのですが、活字もメモも両方読めるのが優れているとこですかね。

「広告」というフィールドでのキャリア

--- お仕事として「広告」を選ばれた理由は?

大学時代は国際政治を勉強していて、イスラエルに留学もして中東の国際関係論の研究者を志そうという時期もあったのですが、ミーハーな部分があったんでしょうね。やっぱりメディアを作る仕事の周辺にいたいという思いも強かったんでしょうね。

ノンフィクションが好きだと話しましたが、昔からミジンコやネジや冥王星など人があまり注目しないようなことをテーマに書かれた本が好きだったんですよ。そういうマイナーな物に意外なストーリーがあると知的興奮を覚えるんです。

昔は自分のそんな嗜好性を体系的に説明できていたわけではないんですが、無駄な情報や無駄な知識を楽しむ事が、実は人にとっては、とても贅沢な、価値のあることのように感じ始めて。

自分なりにメディアビジネスについて思いを巡らせた時、マスメディアのコンテンツとは、そんな“偶然に何かを知る驚きや喜び”という大切な事を、多くの人に届けることができる仕事だと思うようになりました。いま、自分のやってる仕事は世の中に対して「無駄をばらまく」ことだと思っていて、「無駄から大切なものが生まれる事を伝えたい」、そんな思いもあります。

--- 広告会社でのご経験を教えてください。

93年に博報堂に入社したのですが、PRのセクションに配属され、当時はインターネットの黎明期で、多くの企業がホームページを立ち上げた時期でもあり、自分もそんなプロジェクトを多く経験しました。

当時は紙の会社案内をそのままコピペしたような企業ホームページが多かったのですが、紙とウエブの編集作法はかなり違うんだと気づいたんですね。たとえば、ウエブと紙は見出しのつくり方が逆になるんだみたいなことに気づくんです。紙はまず大きな見出しからディティールに落としていく作業です。ウエブはその逆なんですよね。“お酒”というより、“ワイン”、さらには、“フランスワイン”、“ブルゴーニュワイン”というようなテーマをトップに出して言った方が多くの閲覧者を獲得できたんです。

その後、朝日新聞社がスターバックスコーヒーなどで販売した若者向け新聞を開発・販売するプロジェクトに携わり、「紙の編集」を経験するだけでなく、ターゲットの設定、広告の獲得、店頭へのデリバリー等々、メディアビジネスの立ち上げを経験しました。

それから、博報堂が発行する「広告」という雑誌の編集長になり、マーケティングとか、実務寄りの情報が多かった誌面を、より大きな“コミュニケーション”というテーマを設定することで、広告業界だけではなく、一般の人にも興味持ってもらえる内容に変えて行きました。

【下北沢 本屋B&B / ビールや、ソフトドリンクも飲めるテーブル席】

--- その後、博報堂ケトルの設立へと?

そうですね。インターネットが普及して、従来型のテレビCMを中心とした広告キャンペーンだけじゃない手法が求められる時期だったんですよね。テレビCMは企業のコミュニケーションの手段としてかなり効率よくメッセージを発信できるものですが、全てのマーケティング課題を解決するものではない。なので「手口ニュートラル」というコンセプトを掲げて、既成概念にとらわれず最善のコミュニケーションプランを考えて実行する会社をつくったんです。

また大手広告代理店ではサービス的な位置付けになりがちな“マーケティング”とか、“クリエイティブ”のような、いわゆるスタッフが生み出す“企画”を、きちんとフィーとして課金できるようにしたい、そんな思いから別会社という形態を選びました。

ケトルでは、クライアントのマーケティング課題を解決することを最優先に、様々なコミュニケーションの手法を駆使して最善のプランを作り、実施し、その“企画を価値化”するようなビジネスを展開しています。

--- 社名と同じ誌名の雑誌「 ケトル」も発行されていますね。

一つの特集テーマを掘り下げる編集方針で、「大瀧詠一」、「ウッディアレン」、「横山光輝」の三国志」、「中央線」等々、様々な特集を組み続け、気がつけば創刊から6年ですね。「対象に愛情がないものは、読者に伝わらない」という信念のもと、自分が興味のある事を取り上げているのですが、発行される時点の“今”と、その特集のテーマの接点を大切にしています。

例えば今回は「ゾンビ」をテーマにしているのですが、歴史的に、社会不安が大きい時、ゾンビ映画がヒットする傾向がある事を知り、トランプの登場、ISの拡大等、現在の不安な世相と「ゾンビ」との連関が浮かび上がるような内容にしたいと思っています。

特集以外には、「40人のここが気になる」という様々なジャンルの40人に、気になっているコト・モノを紹介いただく連載があります。これは、昨今、グルメ、映画、書籍等のユーザーによる評価サイトに見られる“集合知”に依存する風潮に対して、“個”、“自分”の視点を持つ事の大切さを伝えたくて続けています。

【下北沢 本屋B&B / 様々な情報との出会いに溢れる本棚】

「世界」を俯瞰できる本屋というスペース

--- 本屋B&Bについて教えてください。

5年ほど前でしょうか、街から小さな書店が姿を消し始めている時期で、周りの人から心配されるような状態の中、ブック・ コーディネイターの内沼晋太郎さんとの共同事業として下北沢に開店しました。コンセプトは「これからの街の本屋」です。

街の本屋の平均的な広さは30坪なんです。30坪の書店など、5分で全体を見れるのですが、その短い時間で、宇宙や、ワインや、植物や、歴史や、映画やいわゆる“世界”を視野に入れることができます。既に意識に上がっているものを探すネット上の“検索”という行為では経験できない、偶然がもたらす本や知識との出会いを、日常の生活の中で体験できる場として、本屋は重要な役割を担っていると思ってます。

店内にはテーブル席を設けてあり、読書しながらビールや、ソフトドリンクを飲んでいただけるし、作家や編集者の方を呼んだイベントも実施していて、本屋を媒介としたコミュニティーが生まれて欲しい、そんな思いもあります。

--- 本当に多岐にわたってご活動されていらっしゃいますね。

昨年から、「 渋谷慶一郎と嶋浩一郎の『ラジオ第二外国語』」と題し、ラジオNIKKEI第2(RN2)で、音楽家の渋谷慶一郎さんと、毎月第3金曜日にレギュラーラジオ番組を始めて。「第二外国語のように今すぐには役に立たない情報の中に、本質的な知恵が見つかる」というコンセプトのもと、気になる人、モノ、コトについてトークを繰り広げています。

バラバラに見えているようで、今までお話ししてきた、ラジオ、雑誌編集、本屋というものは僕の中では繋がっていて、全てがライブというか、未完というか、ガウディの建築のように、常に何かがどこかが変化しているような、共通するイメージがあります。

“今”、“時代”というものを意識しつつ、リスナー、読者、本屋の来店者の人達はもちろん、様々なメディアに接する多くの人達に、自分がかつてラジオで経験したような一体感を感じるコミュニティとか、そういう仕組みづくりをする事、それが今の自分の楽しみでもあります。

 

CREDIT

Interview & Photo : SUMIYA TAKAHISA

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