BLOG / Kentaro Matsuo

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ピエロ・ブラガさん

2024.07.15

ピエロ・ブラガさん
スローウエア・グループCEO(最高経営責任者)

 インコテックスのトラウザーズを目にすると、いつも初めてそれと出会った日のことを思い出します。ウエスト中央、ちょうどファスナーの上あたりに小さなループがついており、それが何のためのものなのか、誰もわからなかったのです。
 ある人は「これはキーホルダーを吊るすための輪なのではないか?」と主張しました。しかし、こんなところに鍵がブラブラしていたら、邪魔で仕方がありません。皆で一様に首を傾げたのを覚えています(正解はベルトの留め具を固定するためのもの)
 それから30年間近くが経ち、日本人のお洒落観はずいぶんと変わりました。クラシコ・イタリアのブームを経て、今では日本人は世界で最もファッションに詳しい国民のひとつとなりました。インコテックスをはじめとするイタリアのクラシック・ブランドがもたらしたものは大きかったのです。
 インコテックス自体も変わりました。ニットのザノーネ、アウターのモンテドーロ、シャツのグランシャツを擁するスローウエア・グループの一員となり、トータル・ファッション・ブランドとして大きく羽ばたきました。惜しくも2021年に、創業者のロベルト・コンパーニョさんは亡くなってしまいましたが、彼の遺志を継ぎ、今また新しく生まれ変わろうとしています。

「インコテックスは、間違いなく世界一のトラウザーズ・ブランドです。“ロイヤル・バタヴィア”や“チノ・リノ”といった独自の素材の開発に長けています。ザノーネは、オリジナルの接触冷感素材“アイスコットン”を看板としています。モンテドーロは、かつて天才といわれたイタリア人デザイナー、ウォルター・アルビーニが在籍した名門中の名門です。グランシャツは、他の3つのブランドを結びつけるマリアージュのような存在です。スローウエアでは、それぞれのブランドのヘリテージを生かしつつ、トータルルックを提案しています。心底リラックスできるデイリーウエアとして、自信を持っておすすめできるラインナップです」
 そう胸を張るのは、2023年よりグループCEOに就任した、ピエロ・ブラガさんです。ご覧の通りのファッショナブルな“イケオジ”ですが、そのセンスは幼い頃から磨かれてきたようです。
「私は1970年に、ミラノとトリノの間にあるノヴァーラという街で生まれました。近くにはゼニアやロロ・ピアーナの本社があり、昔からファッション産業が盛んな土地です。私の伯母は“テッシレ”というファッション業界誌のエディターをしていました。もうひとりの叔母はエレウノというブランドで働いていました。かつてジョルジオ・アルマーニがデザイナーを務めていたところです。ふたりからは、よくファッションについての話を聞かされていました」

 80年代、ティーンエイジャーの頃には、イタリアで大流行した“パニナーリ”というトレンドにハマったそうです。
「パニナーリとは『パニーニ(イタリア風サンドイッチ)を食べる人』という意味です。イタリアにファストフードが上陸したばかりの頃で、カジュアルな格好を好む若者たちを揶揄したのでしょう。モンクレールのダウンジャケットやストーンアイランドのブルゾンを羽織って、リーバイスの501を穿き、ティンバーランドの靴を履く、というのが典型的なパニナーリのスタイルでした。皆、判で押したように同じ格好をしていました」
 ああ、日本でもそういったファッションが流行った時期がありました。確か日本の雑誌では“スーパーカジュアル”と呼ばれていたような……。

 90年代になると、ミラノの名門ボッコーニ大学でビジネスを学び始めますが、並行してファッションショーの裏方のバイトをしていたそうです。
「アルマーニ、ヴェルサーチ、フェレ、モスキーノ……。ミラノ・コレクション全盛の頃で、きら星のようなデザイナーたちが活躍しており、それは華やかでしたよ。憧れのスーパーモデルを目の当たりにして、息を呑んだことを覚えています」
 ファッション業界で職を得ることは、彼にとって自然な選択だったようです。

 ゼニア〜トッズ〜グッチ、そしてスローウエアと超一流ブランドで長い経験を積んできたピエロさんのスタイルを拝見することにしましょう。
 スーツは、インコテックス。オリジナルのコットン・ストレッチ素材ロイヤル・バタヴィアが使われています。とても快適で、耐久性も折り紙付きだとか。
「インコテックスのトラウザーズのクオリティは、他に並ぶものがありません。私が昨年CEOに就任したとき、まず思ったのは、『その価値を、上半身にも広げるべきだ』ということでした。それまではトラウザーズに固執するあまり、視野を広げることができなかったのです。ですから、私が会社に入って初めて命じたのは、『インコテックス・ゴーズ・アップ!』。つまり、インコテックスネームのジャケットを作り、スーツとして商品化することでした」
(このスーツは同じものが店頭でも売られています。お値段は¥206,800也。2024年7月現在)

 ウォッシュド加工されたシャツは、グランシャツ。
「ドレスシャツとは一味違う、柔らかい襟を特徴としています。スローウエアではネクタイを扱っていません。リラックスしたノータイ・スタイルが持ち味であり、それはグループのアイデンティティでもあるのです。後ろ襟の下に小さなループがついていますが、他の人が目にすることはありません。そんな小さな遊び心も気に入っています」

 時計はロレックスのサブマリーナー。
「これはかつて私の父が愛用していた時計です。私が18歳になったときに、記念としてプレゼントしてくれました」
 父から子へ時計を譲り渡すことは、欧州ではよく聞くエピソードですね。長い時計文化を感じさせる、羨ましい話です(ちなみに私・松尾の亡父はカシオのプロトレックというデジタル時計を愛用していましたが、古すぎて部品がなく修理不能だそうです……)
「もうすぐ私の上の息子が18歳になるのですが、まだ彼に譲る気はありません(笑)。グッチで働いていたときは宝飾・時計部門を担当していたので、グッチの時計をたくさん持っているのです。まずはそのうちの1本から……」

 スエードのローファーも、グッチ。
「たくさんのパーフォレーションが施されている、クラシックなデザインが気に入っています。ロゴマークが入っていないところもいいですね。ただしこう暑いと(取材日の東京の最高気温は34度)、ビーチサンダルを履きたくなりますが……(笑)」

 前職時代から日本は何度も訪れており、京都や沖縄へも赴いたことがあるそうです。
「しかし、京都での自由時間はたった3時間、沖縄では6時間しかありませんでした。DFS以外は何も知りません(笑)。今回の東京出張も2泊のみ。日本はスローウエアにとってアメリカ、イタリアと並ぶ大切なマーケットですから、ビジネス優先になってしまうのは仕方がない……。社名はスローですが、ビジネスはファストなのです(笑)」

 しかしながら、本国イタリアでは、バカンスはしっかりと楽しんでいるようです。ずいぶんと日に焼けていますね、との問いには、
「実は妻と17歳と13歳になる息子と一緒に、シチリアの小島パナレーアで休暇を過ごしてきたばかりなのです。食べること、ワインを飲むこと、そして旅をすることが大好きです。トスカーナの海岸に面したフォルテ・ディ・マルミと、イタリア北部モンテローザ近くのシャンポルクに別荘を持っています。前者は夏に訪れてカヤックを漕ぎ、後者は冬に滞在してスキーを楽しみます」
 きっとお城のような別荘なのでしょうね、と羨むと
「まさか! 本当に小さな家ですよ。しかし、イタリアでは田舎に行けば、まだまだ安い物件を見つけることができるのです」
 そう謙遜なさっていましたが、「妻がインテリアに凝っていて、よく友人たちを呼んでいる」とも仰っていたので、相当な豪邸であることは間違いありません。
 そういえば、フォルテ・ディ・マルミは、THE RAKEと呼ばれた億万長者にしてイタリア一の洒落者だった故ジャンニ・アニエッリのファミリーが別荘を構えていた場所として知られています。
 まるで、アニエッリ家のようですね、と感心すると
「滅相もない!」と首を横に振りつつ、苦笑することしきり。
 人生を楽しむ達人であるピエロさんが舵を取るスローウエアは、人生を謳歌する人々にとって、うってつけのブランドへと育っていくでしょう。

ピエロさんイチオシのザノーネのニット・カーディガン「CHIOTO」(キョート)。この名前は日本の京都から取られたものだそう。ざっくりした風合いと中庸なシルエットが使いやすそうな一着です。

 

THE RAKE
https://therakejapan.com/

PROFILE

松尾 健太郎

松尾 健太郎

THE RAKE JAPAN 編集長


1965年、東京生まれ。雑誌編集者。 男子専科、ワールドフォトプレスを経て、‘92年、株式会社世界文化社入社。月刊誌メンズ・イーエックス創刊に携わり、以後クラシコ・イタリア、本格靴などのブームを牽引。‘05年同誌編集長に就任し、のべ4年間同職を務めた後、時計ビギン、M.E.特別編集シリーズ、メルセデス マガジン各編集長、新潮社ENGINEクリエイティブ・ディレクターなどを歴任。現在、インターナショナル・ラグジュアリー誌THE RAKE JAPAN 編集長。

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