BLOG / Kentaro Matsuo

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長谷川裕也さん

2020.03.26

長谷川裕也さん
ブリフトアッシュ代表取締役

シューシャインの第一人者、ブリフトアッシュの長谷川裕也さんのご登場です。南青山・骨董通り沿いにあるお店は、ウッドやレザーが多用された、アンティーク調の素敵な空間です。

「こんにちは!」と笑顔で迎えてくれた長谷川さん。ふと私の持っていたカバンに注目すると・・

「これは、珍しいカバンですね。なるほど、ギルドの山口(千尋)さんが作られたのですか? 素材は靴底の革? なんとも味がありますねぇ。しかしちょっと傷んでしまっている部分がある・・」

 そう言うと、やおらクリームを取り出し、素手の指につけ、しこしこと磨き始めたではありませんか!

「こうやってクリームを入れてやると、艶が出てきますね。ほら、消えかけていた、ギルドのロゴマークも浮かび上がってきましたよ。なんだかカバンが笑っているようですね!」

 嬉しそうに私のカバンを眺める長谷川さんを見て「なるほどこの方は、本当に“磨く”ことが好きなのだなぁ」と感心した次第です。

(ちなみに、ブリフトアッシュのオリジナル靴クリーム“THE CREAM”は、現状、間違いなく、世界一の靴クリームです。某化粧品会社と共同開発したそうで、私もひとつ買わせて頂きましたが、その感触はまるで人が使うハンドクリームのよう)

その昔・・、1955年(昭和30年)、戦後の歌姫、宮城まり子さんが、『ガード下の靴みがき』という曲をヒットさせました。その歌詞には、

♫街にゃネオンの花が咲く
俺ら貧しい靴みがき
ああ夜になっても帰れない〜♫

 とあります。昭和の時代は、靴磨きは貧しさの象徴だったのですね。ところが時代は、平成〜令和と移り変わり、今やシューシャイナーは、“イケてる職業”ナンバーワンとなりました。そのパイオニアとなったのが、長谷川さんです。

彼の着こなしを列挙すると・・

 スーツは、サルトリア・イコア。若手サルトの石津健太さんが手がけるブランドです。

「ピロッティのところで修業されていた方です。ナポリっぽい感じがいいですね。私はO脚でロングホーズを履くので、膝下まで裏地が付いています」

 ニットタイは、ブリフトアッシュとセブンフォールドのダブルネーム。背が低い人にも対応できるよう、全長を148cmとやや短く仕上げてあります。

「あくまでも私見ですが、靴好きには、小柄な人が多いと思います。逆に大柄な人は、靴が汚れやすい。きっといろいろなところに、ぶつけやすいのではないでしょうか?」

 シャツは、大阪の名店、レスレストン。

「手首が擦り切れて、スレスレトンになってしまいました(笑)」

 メガネはモスコット。

「ジョニー・デップが好きなので」

リングは、ナバホ族のトップジュエラー、パット・ベドニー。

カフスは、古いチャーチ。

アンティークの時計は、ヒューセルというベルギーのジュエラーのオリジナルで、1950年代のものだとか。

「靴磨きという職業上、手もとには気を遣っているのです。少しでも動きが美しく見えるように・・」

そしてシューズは、マーキス。以前このブログにもご登場頂いた、川口昭司さんのお手製です。

「2017年にロンドンのシューシャイン大会で、世界一になったときに履いていたのがこの靴です。それ以来、大事なところでは、必ずこれを着用しています」

長谷川さんが、靴磨きを始めたきっかけは、“ふとしたこと”でした。そして金銭的な必要にも迫られていました。

「20歳のある日、気がついたら、全財産が2000円くらいしかありませんでした(笑)。そこでふと思い立って、靴磨きをすることにしたのです。100円ショップで靴磨きセットと風呂用のイス、タオルを買って、東京駅の前でお客さんを待ちました。そうしたら初日だけで7000円稼げた。当時日雇いアルバイトの日給が7000〜1万円くらいでしたから、これは嬉しかったですね。それにお客さんの靴を磨くことが、単純におもしろかったのです」

 こういう“ふとしたきっかけ”が、人生を左右しますよね。かくいう私も、雑誌編集者になる1週間前までは、まさか自分が雑誌の編集をやるとは、夢にも思っていませんでした。

 その後、アパレルに務める傍ら、週末の靴磨きは続け、その評判は次第に知れ渡っていきます。いつしか長谷川さんの前には、長い行列ができるまでになりました。しかし、場所の問題で警察とモメることも増えていました。

「そんな時に出会ったあるマーケティング会社の社長の方に、私のシューシャインを見てもらう機会がありました。ここぞ!とばかりにカッコつけて磨いたら、一言『ダサいね・・』とつぶやかれたのです。『小さい椅子に座っているのがダサい。同じ視線で磨くことはできないのか?』と言われました。ショックでしたね・・。しかし、ここでひらめいたのです。だったら、徹底的にカッコよくやろうと」

 スーツを着てネクタイを締め、まるでバーテンダーのようにカウンターに立ち、お客さんと話をしながら磨くスタイルは、こうして確立されたのです。

「2008年、24歳のときに路上を止め、この店を開きました。お金がなかったので、店内はすべて手作りです。その棚は1500円、このイスは400円。すべてヤフオクです(笑)」

 お洒落に見えたインテリアは、センスと工夫の賜物だったのですね。

「最初は路上で知り合った人たちが、店にも来てくれていました。しかし、諸々のコストを考えると、どうしても値上げせざると得なかった。そこで1500円→2500円→2800円と、徐々に価格を改定させてもらいました。今では一足4000円(預かりだと3000円)、自分自身が磨く場合は6000円頂いています。高いとおっしゃる方もいますが、私は技術職の“相場”だと思っています。美容師やマッサージ師などは、大体10分1000円なのです」

 その言葉に、自らの仕事に対する強い自負と、パイオニアとしての勇気を感じました。正当な報酬が得られてこそ、業界の未来も生まれる。

 彼に続こうとする若者は多く、今では10人の職人を抱えるまでになり、1月には虎ノ門ヒルズに新店もオープンさせました。

「『弟子にしてください!』という若い人も、多いですね。嬉しいことです。目の前で靴磨きをして、お客様の喜ぶ顔を見る。その楽しさを、後進にも伝えていきたいのです」

 シューシャインの世界は、これからも、長谷川裕也さんを中心に回っていきそうです。

 

THE RAKE
https://therakejapan.com/

PROFILE

松尾 健太郎

松尾 健太郎

THE RAKE JAPAN 編集長


1965年、東京生まれ。雑誌編集者。 男子専科、ワールドフォトプレスを経て、‘92年、株式会社世界文化社入社。月刊誌メンズ・イーエックス創刊に携わり、以後クラシコ・イタリア、本格靴などのブームを牽引。‘05年同誌編集長に就任し、のべ4年間同職を務めた後、時計ビギン、M.E.特別編集シリーズ、メルセデス マガジン各編集長、新潮社ENGINEクリエイティブ・ディレクターなどを歴任。現在、インターナショナル・ラグジュアリー誌THE RAKE JAPAN 編集長。

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